2018.07.19

「いい出会い」の裏にはその100倍以上の「よくない出会い」がある

世の中には「いい出会い」信仰が蔓延っているようです。


確かに出会いとは不思議なもので、まるで神様に引き合わせれたかのように、偶発的にかつ必然性を持って目の前に現れるものです。


しかし、多くの人がその「光」の部分だけに注目し、裏側にある「影」の部分を知りません。

いい出会いとは奇跡ではなく、確率である

元も子もないことを言うようですが、いい出会いなんてものは、奇跡でもなんでもなく実は確率の問題です


10人の人間と話すよりも、100人の人間と話すよりも、1,000人の人間と話した方が、自分にピッタリの人間に出会える確率が上がるだけの話なのです。


これは恋愛以外の話に置きかえても同じ。


小説なら、色んな作家の色んな作品を読んでみて、自分の好みがわかるようになるし、なぜその作品が好きなのかを明確に説明できます。

仕事でもそう。一つの職種しか経験したことがない人と、営業もマーケティングも総務も人事も経験したことがある人と、どちらが自分の好きな仕事を見つけられるのか、いちいち解説するまでもないでしょう。


「好き」の周りには、数多くの「好きじゃない」がくっついているものなんですむしろ「好きじゃない」があるおかげで、「好き」の輪郭がハッキリするのです。

いい出会いには、自己分析が欠かせない

ただし、闇雲に物量だけをこなしていても意味がありません。


色んな人と会話してみて「なんか嫌だな、なんとなく合わないな」と感じたら、それが「なぜなのか?」をきちんと自分なりにかみ砕いてメモしておく必要があります


スマホのメモ帳でもいいですが、できれば紙に手書きで書いた方が脳への定着率があがります。より強く記憶したい場合は、誰かにアウトプットすることです。


そうすることで、「自分はこういう人間が好きじゃない」データが蓄積されて、そういった人を避けるようになるので、自然と好きじゃない人に出会わなくなっていきます。


すると今度は、「好きかもしれない」人たちとの出会いが増え、「ひょっとするとこいつかもしれない」という予想の精度が上がっていくのです

奇跡的な出会いは、出会いの屍の積み重なった上にある

このように、「いい出会い」の裏には、その100倍以上の「よくない出会い」が転がっています


「いい出会い」を果たした人は、その「よくなかった出会い」をなかったことにするか、本人すら気づいていないケースもあるので、はたから見るとその存在に気づきにくいものです。


騙されてはいけません。「いい出会い」をした人は、その手前に仕事かプライベートでか、数多の人間とのコミュニケーションを重ねた結果、世の中にはいろんな人間がいることを知り、自分はどんな人間を許せるか、どんな人間を許せないかという基準を持っているのです。


だから、こいつだ!と思った瞬間に、ガッと掴んで離さない瞬発力を持っているのです。

主体的に出会いにいくことが大事

これがいわゆる「いい出会い」にたどり着くまでのプロセスです。


そうはいっても、「あの子はそんなにたくさんの人に会っていないのに、理想の相手に出会っているわ」と思うような人が1人や2人思い浮かぶかもしれません。


それは、その人のパートナーの方がたくさんの人に出会っていて、その人を捕まえたケースだと思います。


もし、2人とも本当に偶然に出会ったのだとしたらそれこそ本当の奇跡です。きっと前世で相当の徳を積んだのでしょうね。いずれにせよなんの参考にもなりません。


前世で徳を積まなかった僕たちは神様の采配を待たずに、自らの足で運命の出会いを模索していく必要があるのです。


と、なんやかんや言ってきましたが、もし記事を読んでわからないこと、質問・疑問などありましたらTwitter(@kawaguchi_AAA)までDMを飛ばしてくださいね。それでは!(川口美樹/ライター)

(ハウコレ編集部)

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